ヤフー!ブログ無音の音声の過去ログ

※ヤフー!ブログ「無音の音声」に書いていたものを、一時的にこちらに公開します。(2017.5.19更新)

■唖蝉坊について

唖蝉坊とは演歌のパイオニア的存在であるわけだが、彼を語る前に演歌とは何かを語らねばならないだろう。 演歌とは自由民権運動の演説の歌であり、その創生期においてはただ叫ぶだけのものだったといわれている これの音楽性を洗練させた存在が唖蝉坊であったといえるだろう この演歌、明治期には壮士演歌といわれ大正期に当時の学生である書生に引継がれバイオリン伴奏で歌われるようになるわけである ジンジロゲなどのインドの歌まで取り込んでしまうなんでもありの精神はシルクロードの吹きだまりと言われた日本人ならではである 鳥取春陽などの演歌師は西洋音楽も大衆的な立場から取り入れていったことでも知られ、大衆レベルで西洋音楽をかつての日本音楽とリミックスしたのは彼ら書生や壮士だったといえる 唖蝉坊の紫節などは壮士節が高い芸術性をもった証拠ともいえるだろう。

唖蝉坊こそ伝説の歌い手であると言える これほどのビックネームに関わらずほとんど録音がのこってない しかし彼が築きあげた演歌の基盤は間違いなく今も日本の大衆の中に息ているのである。

■レジスターについて

人間の声のレジスターは二つである。 地声と裏声。 ミドルレジスターなる語法は本質を濁らす 但しいわゆる3bの感覚は存在しているわけだがこれをレジスターと考えることにより教授法としては大きな誤解を招くと思うのである。

■しほれたる花声

〜しほれたる花の声〜に世阿弥の再来と詠われた観世寿夫氏は感動したという 私も近年は〜しほれたる花声〜について興味を抱いている。 そこに声の究極のある一つの形なき形がある気がしてならないからだ。

■呼吸

腹式、丹田、横隔膜、腹筋などなど。発声訓練の現場で濫用されている用語であるが 表面的に扱うならばこれらにはなんの価値もないと断言してもよい。むしろ有害である。

発声時に呼吸を整えるには、まずは喉頭懸垂機構と内喉頭筋を整えるべきである。呼吸はこれにより自動的に仕事を行う。

■日本人の声

そもそも声は時代によっても大きく変わるといえる。1900年の日本人の声が川上音二郎一座によって聴くことができるが、現代人に比べ喉頭位置が高く仮声帯の寄りも多めに感じられる 

■三波春夫の声

この人こそ日本の歴史上間違いなく最高クラスの歌い手の一人であると確信する。 ひばりちゃんももちろんその一人ではあるが、三波春夫は確信犯的な大歌手であったと言える 。それは彼の、歌手とは思えぬほどの芸能史への造詣の深さだ。

彼は南條文若の芸名で浪曲師していたわけで浪曲史には当然のこと詳しいが、そのルーツとなるチョボクレ、デロリン祭文、あほだら経、七色節、説経節、節談説経等のルーツ芸にも詳しく、かなりの知識人なのである。

また壮士節や書生節などの演歌のルーツにも詳しくその流れを継承なさっている。まさに日本の大衆芸能がカクテルされたかの存在であると言ってよいだろう。またその声の明るさは日本式ベルカントと小泉文夫に称された。

彼は自身の声に対し、美声ゆえ味わいにかけると称し、その分を節まわしで補っていると語っている。確かに虎造や雲右衞門に比べて味わいがないといえばそうかもしれないが、彼のあの抜けるような明るさにはまた別の味わいがあることも確かである。

また彼の名文句である〜お客様は神様です〜も彼らしく深遠である これこそ芸能本来の姿である。 神様が客であり 客が神様である・・・彼こそまさに客観芸術を表現できた数少ない近代流行歌手であったといえる。

※取り上げる予定の日本の音声表現者及び音声表現
松永和風 観世寿夫 天台声明 真言声明 わらべ歌
豊竹山城少掾 常磐津林中 後白河法王 梅坊主 神長瞭月 唖蝉坊 俚謡 春歌
藤本二三吉 市丸 美空ひばり 美輪明宏 田谷力三
節談説教 雲右衞門 広沢虎造、川田晴久

大道芸 寄席芸 JPop 祝詞 シャーマニズム等々を執筆予定。また日本における欧米の声文化の受容についてオペラ リート ミュージカル シャンソン などから考えてゆきたいと思っている。またここに記載した表現者以外も紹介してゆく。

■世界一の歌唱法は?

世界には様々な美意識があり、この質問自体がナンセンスすぎるが、生理的発声効率からみて一般的にはイタリアベルカントがあがるであろう。

しかし これは音色変化を平板化させるという見方も出来る。とはいえ人類がたどり着いた声文化の頂点の一つであろう。 これに匹敵するものにペルシャのタハリール唱法がある これはレジスターをブレンドせずに強調対比することに特徴があり、ヨーデル、ハワイアン、沖縄民謡 オルティンドー、ホーハイ節などはこの強調対比型の歌唱法と考えられる。

このタハリールは世界でもっとも美しくまた難しい歌唱であると考えられている。アルタイ山脈周辺の喉歌も人類のたどり着いた一つの声の究極であろう。この歌唱の特徴は倍音と仮声帯にあると言われている浪花節、パンソリ、デロリン祭文、チョボクレ、あほだら経、節談説教、琵琶盲僧もこの倍音唱法の広い意味での仲間であるといえる。この倍音唱法のルーツは世界で最も低い声を発声すると言われるチベット僧にゆきつくと言われているが詳しいことは解っていない。

タハリールのメリスマはトルコのサナートやシャルク アラブのアラベスクパキスタンのカッワリー 北インドのドゥルパドやカヤールなんかとも当然関連がある またこれらに含まれるイスラーム色のなかにはアフリカ的な血が入りこんでいることも確かだ なぜならイスラーム的メリスマの原型ともいえるアザーンを最初に唱えたのが黒人だからである それゆえグリオなんかとの関連もみえてくる また十字軍遠征などでヨーロッパにも当然アラブ世界は影響を与えており こうみてゆくと世界全体が〜こぶしロード〜で結ばれてゆくかのようである。

かつての日本にも豊かなコブシ文化があり大衆レベルで継承していたように思うが欧米の音声感覚を絶体とし自らの大衆的音声文化を〜こじき節〜と忌み嫌ったわけだが これにより我々は真の音声文化を失った、、、。 この傾向は世界規模でみられるが 国家レベルで自国の音声文化をここまで破壊したのは日本だけだろう 。 ちなみに浪花節 義太夫節、常磐津節 長唄 清元端唄、あほだら経、書生節、謡、春歌、わらべ歌 俚謡 今様 声明などなど 私達にとって最高の歌唱はタハリールでもベルカントでもなくシルクロードや大道を渡りこの地で生まれ滅び・・・継承 保存 そして今も形を変えながら我々を揺さぶり続ける音声表現であると信じたいものである

■神長瞭月

〜世界声めぐり〜第二回は演歌の大正期の姿である書生節の大歌手、神長瞭月である 神長瞭月は書生節にはじめてオリンを使用した方である。このジャンルにおいては唖蝉坊につぐビックネームであるといえる。

その声は喉頭位置が高めで閉鎖が強く張りのある声である 上には抜けづらいがこれも書生節の特徴のひとつ? オリンを弾くスタイルはオリンの日本化及び大衆化をすすめ 良い傾向だったのだが その流れは書生節の保存者のみに受け継がれるだけで大衆には受け継がれてゆかなかった。大道楽レーベルの〜書生節の世界〜の解説には日本は西洋と同じようにしかなれなかった・・と書いてあったがまさにその通りで、オリンはインドや中近東ではそれぞれ独特な弾き方で発達している。

日本のオリンが廃れてしまい残念であるが書生節の原動力はいまだJPOPのなかにわずかながら流れているのである・ ・?
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